10月28日に私を産まれてずっと可愛がってくれた祖父が90歳という永い人生の幕を下ろしました。
昨日からお通やと葬儀のため静岡へ行き先ほど帰宅しました。
今まで何回かお通やや葬儀に出席し人生の最後というものを見てきましたが今回ほど「生きる」という事を真剣に考えさせられた事はありませんでした。
自分でも何故なのか分かりませんでしたがたぶん今回は10年前に亡くなった祖母の時とは違い自分の隣には嫁と子供がいてちょうど1年前の今頃自分の子供の生命の誕生と言うものを目の当たりにしたからなのでしょう。
28日に連絡が入り29日の朝静岡へ向かいいろいろと積極的に手伝いをさせてもらいました。
お通やから納骨まで永い2日間でしたがいろいろな事を感じました。
最初に亡くなった祖父と対面し骨と皮だけになってしまったやせ細った姿を見ると当たり前だけど人間の本当の最後を感じます。
最後火葬場で焼かれ骨だけになってしまった姿を見ると、どんな偉い人間でも結局死んだらはみんな骨だけになってしまうんだなあと感じました。
人間が死んで焼かれる時に出す炎、言わば最後に放つ光はどんな人間でも同じらしいです。
総理大臣だろうが有名人だろうが・・・・・。
だからもっと激しく燃えるれるのは生きているときなんだそうです。
だからもう一度健康に生きている事に感謝し1分1秒をもっと大切に生きていこうと思います。
昨日からお通やと葬儀のため静岡へ行き先ほど帰宅しました。
今まで何回かお通やや葬儀に出席し人生の最後というものを見てきましたが今回ほど「生きる」という事を真剣に考えさせられた事はありませんでした。
自分でも何故なのか分かりませんでしたがたぶん今回は10年前に亡くなった祖母の時とは違い自分の隣には嫁と子供がいてちょうど1年前の今頃自分の子供の生命の誕生と言うものを目の当たりにしたからなのでしょう。
28日に連絡が入り29日の朝静岡へ向かいいろいろと積極的に手伝いをさせてもらいました。
お通やから納骨まで永い2日間でしたがいろいろな事を感じました。
最初に亡くなった祖父と対面し骨と皮だけになってしまったやせ細った姿を見ると当たり前だけど人間の本当の最後を感じます。
最後火葬場で焼かれ骨だけになってしまった姿を見ると、どんな偉い人間でも結局死んだらはみんな骨だけになってしまうんだなあと感じました。
人間が死んで焼かれる時に出す炎、言わば最後に放つ光はどんな人間でも同じらしいです。
総理大臣だろうが有名人だろうが・・・・・。
だからもっと激しく燃えるれるのは生きているときなんだそうです。
だからもう一度健康に生きている事に感謝し1分1秒をもっと大切に生きていこうと思います。

